菊花園

大きな車は小さな車に道をゆずりました。

大人は子どもとお年寄りに席をゆずりました。

子どもとお年寄りのために一生懸命働きます。

小さなもの、弱いものを守るのが大人の務めです。

小さな子がそんな大人を見て育てば、その子が大人になった時

必ずお年寄りを守るやさしい大人となるでしょう。

子どもの時に受けたやさしさが、その子の中で愛の種となり

芽が伸び花が咲き 大きな大きな愛となって人々の心を癒す。

この流れが連綿と続いて人類の歴史を創ってきた。

そうだ 私たちは約束をして この流れの中に

一つの愛を与えるために

この世に生まれたのだ。

 

 

電車にゆられながら東京の港が窓を通して見える。この海の続く先の先の先にまだ見たこともない違う国がある。電車にゆられながら向かい側の人々の顔を見る。一人として同じ顔はない。その一人一人の顔の特徴がなんだか知った人のように見える。どこかで見たことがある。いつか話をしたことがある。そんな気がしてならない。人間は不思議だ。今まで一度も会ったことがない、まったくの他人なのに、一人一人の顔の造作に不思議に興味がわいてくる。眼の大きな人、鼻の大きな人、丸い鼻、高い鼻、低い鼻。顔の色の白い女性、こんがり日焼けした男性。よく動き回る子ども。親に一生懸命話しかける子。うるさそうに返事をする親。「うるさい」の一言。体の重そうな母親が冷たく言い放つ。母親にしかられて泣き出した。

「君耐えなさい。こんな事はこれからしょっちゅうだよ。こんな事でいちいちめげていたら、たまったもんじゃないよ」私は心の中で、この小さな天使に話しかけた。「別にたいした事じゃないんだ。あなたのお母さんはまだ人間として未熟なだけで、あなたがどうこうしても始まらないんだ。あと何十年かしたら君にも分かるときが来る。それまでじっと耐える訓練をしているのだと思いなさい。大人になったら自分で自分の生活を律していけるようになる。それまで心に曇りを作らず、サラッと流していきなさい。どんなにつらくともあなたの周りにいる人は、あなたにとって必要な人なのだから。その感謝の心だけもって、あとは忘れなさい」と。

窓の外にはずーっとずーっと海が続いていく。その向こう側にかすんで工場が見える。煙突が何本も立ち、高い高いクレーンが荷揚げをしている。遠くはなれた景色は、どこかよその国の出来事のように見える。近くにいるいっしょに乗り合わせた乗客はきっと縁のある人たちだろう。大きな目の女性の、黒い瞳の中に、向かい合った私たちが写っている。私たちは彼女の目が見た世界の一部となり、彼女はその逆に私たちが見た世界の一部となる。互いに知らない人間どうし一日のつかの間の時間、それぞれの目を通して世界を交換しているようだ。目は口ほどに物を言う。そのとおり映し出された風景がその人の心のフィルターを通して目の色に表れる。目は心の窓とも言う。大きな大きな宇宙観からすれば、私たち人類も世界を見るための大きな目の一部かもしれない。心の奥深く考えを深めていけば、どこかまったく違う世界へと通じる。誰の心とも通い合い、だれの心とも幸せを分かち合える。いつかどこかで見たことがある豊潤な海へ。私たちすべてが生まれる前の世界があるのだろう。

ユリカモメにゆられながらそんなことを考えていた。とある東京での一日。

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